自分の専門について
最初に書いたように僕は西洋史学専門分野というところに籍を置いており、一応歴史学プロパーということになります。フィールドは18世紀のロシア帝国史でおもにイギリスとの通商関係を扱う…ことにしようと修士課程進学前は思っていたのですが、最近では内政特にツァーリと貴族の関係や軍などに興味が向いています。とは言ってもそもそも18世紀のロシア帝国史などというのは歴史学の全体から見てすらマイナー分野です。筆者はこの前、バイト先で自己紹介をするときに大学院生で18世紀のロシア帝国を研究している、という話をしたところ、かなり珍しいものを見る目で見られました。20世紀以降のロシア(ソ連)についてならまだしもその時代?ていうかどんな時代?みたいな感じです。ですがこの時代というのはロシア(帝国)にとって大きな意味をもった時代なのです。
アムステルダムで酒に酔って大暴れした自称・船大工のロシア人の大男(25)
というのは、この時代こそ、ロシアが西ヨーロッパを中心とする国際関係の中で地位を向上させ、ヨーロッパ東方の「最強国」として君臨することを可能にした時代だったからです。そこには隣国スウェーデンや大国オスマン帝国との数々の戦争と外交、あるいは内政での「改革」がありました。様々な出来事の中でロシアという国家が「強国」に変容していく、ダイナミックな時代であったと言えるでしょう。
しかし、18世紀のロシア史というと、(そもそもの認知度が低いというのは置いておくにしても)スウェーデンとの大北方戦争に勝利し、国制の「改革」を進めたピョートル1世(在位:1682~1725)とオスマン帝国との戦争やポーランドの分割を通じて領土を拡大したエカチェリーナ2世(在位:1762~1796)の2人の「大帝」が「改革者」「『強いロシア』の建設者」としての注目を集めがちで、高校世界史でもそれ以外の皇帝が取り上げられることはめったにありません。
また、2人の「大帝」にしても、その知名度や業績が歴史を題材にした創作物や「強い統治者」表象への利用のなかで過剰に強調されている側面がある(あった)ことは指摘しておかねばなりません。いくら「専制」のロシア帝国といっても、ある時期に行われた改革や戦争などの業績を、ひとえにその時代の君主の成果にのみ帰するのはバランスを欠いているでしょう。
実際にエカチェリーナ2世の業績については1代前のピョートル3世-エカチェリーナは夫であったこの皇帝を廃して即位したわけですが-からの政策的継承や有力貴族層の宮廷内での継続が大きかったことが明らかになっています。
クーデターの指揮者としてのエカチェリーナ2世像
(引用元:https://en.wikipedia.org/wiki/Catherine_the_Great 最終閲覧19.8.1)
また、ピョートル1世については、彼の西欧化を目指す一連の「改革」におけるイニシアティヴを認めながらも、その実現の基盤は父であるアレクセイ帝の時期から形成され始めていたという指摘もされています。この点についてはいまだに学者の中でも論争のあるところではあるのですが、ピョートル1世という「改革者」あるいは「強きツァーリ」という後世に流布された人物像を多面的にとらえる研究が数多く存在しています。
僕が興味を持っているのはこの2人の「大帝」の「あいだ」の時期です(仮に「両大帝間期」とでも呼びましょう)。「両大帝間期」は宮廷クーデターの頻発と多くの「女帝」の存在、側近のみを重用する行政体制、などを理由に帝政期、あるいはソ連期を通じて「暗黒時代」と捉えられてきました。なかでもこの時代に「暗愚で強欲な女帝ーアンナ帝やエリザヴェータ帝ー」がピョートル1世の「改革」に逆行しロシアの「遅れ」を招いた、とする議論はなかなかに根深いものでした。
ロマノフ朝の家系図
(最終閲覧:19.8.5)
しかしながら、「両大帝間期」についても、2人の「大帝」期と同様に新たな知見が生み出されてきています。端的に言えばそれは、ピョートル1世から「両大帝間期」を経てエカチェリーナ2世につながる18世紀前半期のロシア帝国に一連の「継続」を見出すものです。この期間を通じて貴族層との関係の上で皇帝の「専制」が維持される状態は継続していましたし、そのうえでピョートル1世の「改革」をどのように運用しやすく実情に合ったものにアジャストしていくか、という模索は「両大帝間期」を通じて行われていました。いわば、おおいなる模索の時代として「両大帝間期」はあったわけです。
さて、そのような動向の中で僕が最近特に注目しているのが初期エカチェリーナ2世宮廷での権力関係です。先にちょっと書きましたが、エカチェリーナ2世は夫でもあったピョートル3世をクーデターで廃して即位しています。彼女はドイツの出身ということもあってロシア宮廷内での特定の権力基盤があったわけでもなく、また先帝ピョートル3世が広範な貴族層から不興を買っていたこともあって、初期エカチェリーナ2世の宮廷は様々なバックグラウンドを持つ貴族が参画していました。
エカチェリーナ2世の愛人兼初期の重臣、G.G.オルロフ
(最終閲覧:19.8.1)
エカチェリーナ2世に登用された外交官、N.I.パーニン
(最終閲覧19.8.1)
その中には「両大帝間期」に要職を担った貴族が数多く含まれており、「両大帝間期」に試みられた多くのものを継承しうる場としての性格を初期エカチェリーナ2世宮廷は有していたといえます。さらにそれだけではなく、エカチェリーナ2世が登用した新興の貴族層も宮廷に参画していました。これはかなり「カオス」な状況といってよいと思います。
エリザヴェータ帝時代からの重臣、M.I.ヴォロンツォフ
(最終閲覧19.8.1)
アンナ帝、エリザヴェータ帝宮廷で宰相を務めたA.P.ヴェストゥージェフ=リューミン
(最終閲覧19.8.1)
その「カオス」の中からエカチェリーナ2世はどのようにして自らの地位を固め長い在位と「大帝」の称号を獲得するまでに至ったのか?端的に言ってしまえば、そこには「カオス」のもつ不安定さを自己の権力の源泉として利用するという一種のアクロバットがありました。どういうことかザックリ説明すると、個々の貴族同士の利害を利用して貴族層をある程度不安定な状況に置き続けることで、皇帝権力を制限するような力の増大を防ぎ、皇帝権力のフリーハンドを確保する、ということです。
このようなアクロバティックでダイナミックな政治変動の中で誰が何を考えどのように振舞っていたのか?そして、その変動のなかで、どのような方向性が最終的に選び取られ、「両大帝間期」から継承あるいは変更されたのか?それを見ていくことで、「両大帝間期」の位置づけとロシアの連続的な変容を検討していこう、というのが僕の研究テーマです。
好きなもの
水族館
昔から海・川を問わず水の生き物が好きだったので水族館に行くのが好きです。旅先だと必ず現地の水族館に行きます。最近だと仙台うみの杜水族館に行きました。新しい水族館なのでいろいろ展示が工夫されているところとペンギンの展示が充実していたのがよかったです。ほかにも河川を中心とした生態系展示が豊かな京都水族館やペンギンの大水槽が見ごたえのある海響館、手の込んだ熱帯魚の大水槽があるすみだ水族館などがおすすめです。
こちらは仙台うみの杜水族館のジェンツーペンギン(筆者撮影)
蒔絵
蒔絵とは、漆の上に金粉や銀粉を散らして模様や情景を描いた装飾を施した工芸の技法のことです。文箱や大皿、鏡台、箪笥、器、簪、櫛など、幅広いものに用いられています。あまり語れるほどの知識はないのですが、なかでも棗などの小さいものが好きです。
おすすめの本
ピエール・バイヤール(大浦康介訳)『読んでいない本について堂々と語る方法』ちくま学芸文庫、2016年「人は読んでいない本を批評する時にこそ、最もクリエイティブである」―全世界70億の読書家すべてに喧嘩を売るようなテーゼを提示してくる本だが、その実「知(識)」というものへの洞察にあふれた刺激的な1冊。本を読む/読んだとはどういう状態なのか?「読んでいない本について堂々と語る」にはどうすればよいのか?真面目な人にもひねくれた人にも、用法用量を守って摂取してほしい「劇薬」です。
秋山晋吾『姦通裁判ー18世紀トランシルヴァニアの村の世界ー』星海社新書、2018年
「歴史学」を営むとき研究者はどのような手順と思考回路を踏んでいるのか?18世紀のトランシルヴァニア(現在のルーマニア中部~北西部)で起きた領主の妻の不倫事件を題材に、事件の真相と裁判の過程の解明だけでなく、その過程で用いられたり発見された史料をもとに当時の人々の生活状況まで活写した1冊。過去に起こったことをどのように史料から裏付けるのか?「歴史学」が語りえないものとは何か?「歴史」だけでなく「歴史学」に興味のある人にぜひ手に取ってほしい本です。
木澤佐登志『ニック・ランドと新反動主義 現代世界を覆う〈ダーク〉な思想』星海社新書、2019年
巷で話題の「加速主義」についてその思想的系譜とバックボーン、主張する内容を簡潔にまとめた1冊。ヨーロッパ発の「近代」の破綻がもはや否定しがたくなってきたこの時代に、ある種の「近代」を超克しようとする思想はどのような形をとるのか?「暗黒啓蒙」というSFチックな言葉の背景に込められているものは何か?冒涜的でキケンな思想を通じて現代の1つの思想的潮流を描き出す、「知の肺活量」を鍛えたい人におすすめの本です。
「ジブン×ジンブン」企画ID:356
第70回駒場祭にて開催
会場:東京大学駒場キャンパス(教室は追ってお知らせします)
日時:2019年11月22日(金)~11月24日(日)
入場料:無料(任意カンパ制)
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