展覧会狂想曲

突然ですが皆さんは月にどれくらい展覧会に行きますか?
0回? まぁそんな方もいるでしょう
1回? いいですねぇ
2回? お、結構展覧会お好きな方ですね
3回? 私と同じくらいかな?
5回? リッチですねぇ
10回? クレイジー・リッチだ…


クレイジー・リッチな方々

話題になってたり、関心のあるジャンルの展覧会があったら行くけど定期的には行かない、なんて方も多いのではないでしょうか。
昨今は展覧会ブームと言われ、日本全国で様々な展覧会が行われています。
この冬も注目が集まっている展覧会がいくつかありますよね。
国立西洋美術館のルーベンス展、国立新美術館の東山魁夷展などなど……
全て回るには時間とお金はどれだけあっても足りません。

#名画で学ぶ展覧会


さて、今回私春野(美術史の人です)はこの「展覧会」について語ってみたいと思います。
詳しくは前回のブログを見ていただきたいのですが、美術史学というのは展覧会とは切っても切れない関係です。

そこで私は展覧会を作る展覧会に行く展覧会を眺める、の3つの立場から好き勝手に話そうと思います。(各内容へリンクが繋がっています)
(一介の学生ですので、あくまで学生が知っている限りの視点から見た「展覧会」です。
全ての展覧会ではないのであしからず)

※文中の絵画のタイトル、作者は当記事の最後にまとめてあります。

1.展覧会を作る


展覧会を作る、というと皆さん真っ先に学芸員を思い浮かべるのではないでしょうか?
しかしこの学芸員、残念なくらい知られていません。
友人に「学芸員になろうかなって考えてて〜」と言った時の返答はたいがい
「あーあの座ってる人?」
座ってません。むしろ見えるところにいません。
座ってる彼/彼女たちは監視員さんです!!
布教のおかげか、私の友人達は学芸員と監視員は別で、学芸員はなんかめっちゃ大変な仕事、と理解してくれたようです。

巷では展覧会を作る人、というイメージが広まってきたようですが、それも正しくありません。
では、学芸員とは一体何者なのか?そして監視員はどんな人たちなのか?

ウィーン分離派で芸術の守護者とされたパラス・アテナ


学芸員は雑芸員


学芸員の自虐として「学芸員は雑芸員」という言葉があります。
これは本分である研究以外の業務が増えてしまい、博物館(注)内の全てを一手に担う存在となってしまった悲哀を表した言葉です。
(注:広義の博物館には博物館、美術館、資料館、動物園、水族館が含まれます)

たしかに、博物館法では
「学芸員は、博物館資料の収集、保管、展示及び調査研究その他これと関連する事業についての専門的事項をつかさどる。(博物館法第4条第4項)」
と定義され、学芸員は研究だけをすればいいわけではありません。
しかし逆にいうと博物館において研究を行えるのは学芸員のみであり、学芸員が研究できなければその博物館では研究が行えないのです。

博物館とは展覧会を開催するだけではなく、資料を収集・保管・研究・公開する社会教育施設であり、近年は観光施設でもあります。
常設展を通じて、日々研究成果を発表し、社会に資料の価値と新たな見方を示す必要があります。
(常設展を持たない博物館もありますし、展覧会は必ずしも学芸員の手だけによるものではないことをここに強調します。)

収集・保管(修復含)・研究・公開(常設展・特別展・他館貸出)・教育・運営
運営に関しては学芸員ではない事務方が中心とはいえ、この全てが学芸員の仕事です。
(大きくてお金のある博物館では主担当が分かれていることもあります)

欧米では上記の仕事が細かく分かれ、それぞれの専門職の協力の上に博物館が成り立っています。
こんな感じです↓(例としてアメリカを取り上げます)
筆者作成

さすがに一番下は学芸員ではない事務の方が担うことが多いですが、小さな博物館ではやはりほとんどを学芸員が担います。
近年使われるキュレーター(Curator)は学芸員とイコールではないのです。
キュレーターはこれら全体より少し上の立場になり、博物館の番人となります。

文部科学省HPにもありましたのでリンクを貼っておきます。(分かりにくいですね!)

ちなみに私が学芸員資格の為の必修授業(博物館教育論)でとったメモに面白いことが書いてありました。


2016年度春の授業ノートより
これはあくまでこの授業の先生の考えですが、この「学」が「雑」に代わってしまうとしたら、それはもう「学芸員」である必要はありませんよね。

博物館に求められる役割が拡大しつつある今こそ、「学芸員とは何か」しっかり考え直す必要があると思います。
学芸員の自虐としての雑芸員。学芸員自身、悲観的になるのは止めて、「私たちは何をする為にここにいるのか」、大きな声で主張する時が来たのかもしれません。

監視員は幸せか

私は大学2年生の時、都内某美術館で監視員のバイトをしていました。
このバイトでは、人間の醜さ・愚かさ、そして優しさを感じる日々でした。
写真撮影はご遠慮いただいております!って言った目の前で写真撮るとは普通思わないじゃないですか。
監視員は大変なのです。(お給料もあんまりだし、立ちっぱなしだし…)

監視員時代を思い出し落ち込む筆者の図

閑話休題

監視員は別名「誰よりも作品の側にいられる職業」です。
作品の近くに居られること、これは美術好き、そして展示されているもののファンにはたまらないことだと思います。
人は元来好きなものの側に居られることを好み、そのために収集を行います。
その意味においてとてもとても幸せな仕事です。

しかし私にとっては幸せではありませんでした。
監視員は近くにいるだけなのです。考え事はできます。ずっと側にいられます。
でもそれ以上のことはできない。

学芸員は展示品を通じて己の考えを示します。
展示品を新しいコンテクストの中に設置し、新たな価値を示し、人々に想起させます。

私が本当にしたいことは何か。
私はどのように博物館と、ものと、美術史と関わりたいのか。
この疑問が湧き出してからはたまらず私はバイトを辞めました。
私のしたいことをした誰かの「作品」の横にいて、指をくわえて見ているのは辛かったのです。
監視員として働くことは楽しかったけれども、確実に私にとっては幸せではなかったのです。

美術・展覧会・博物館との関わり方は多種多様です。
もしこの文章を読んでいて、関わりたいと思っている人がいたら、どのように関わりたいのか、自分をよく見つめてほしいです。
私がこの企画を行なっているのも、生来の自分の考えを公にしたいという気質から来ているのかもしれません。

監視員について、ツイッター上で話題になっている4コマ漫画があります。
こちらも是非ご覧ください。 ミュージアムの女(宇佐江みつこ著)

美術館の監視員とチケットもぎりは常にバイトが募集されています。
興味のある方はやってみましょう!

展覧会と学芸員について、もっと知りたい方はぜひこちらも合わせてご覧ください。

映画:「メット・ガラ ドレスをまとった美術館(The First Monday in May)」(2017年公開)
学芸員よりも某ファッション雑誌名物編集長が中心になっていますが、それがかえって展覧会を取り巻くさまざまな人々を見せてくれるという点でおススメです。
あと単純に目の保養。

チラシより、筆者撮影
 個人的に展示内容に異を唱えていたとある部門長が如何にしてそれを取り下げたのか、まで見せてほしかったです。
解釈が人文学の研究者にとってどれほど大切で難しいのか分かる名シーンです。

「美術館 映画」で検索すると沢山の作品が出てくるのでお気に入りを見つけてくださいね。

マンガ:美術館で働くということ 東京都現代美術館 学芸員のひみつ日記(オノユウリ著、2015年、KADOKAWA/メディアファクトリー)
学芸員の闇にもさらっと触れつつ、可愛らしい絵で分かりやすく学芸員の実際の仕事内容を教えてくれる良書です。

新書:美術館の舞台裏ー魅せる展覧会を作るには(高橋明也著、2015年、ちくま新書)
丸の内の三菱一号館美術館館長の高橋明也氏の著作です。
彼は森美術館館長の南條史生氏と並んでメディア露出の高い館長さんです。
これを読んでから展覧会に行くとまた違った目線で楽しめるかも?

2.展覧会に行く

日本において展覧会に行く人はかなり多いのではないでしょうか。
展覧会に行くことはかなり一般的に浸透していますし、2017年度の世界の展覧会来場者数ランキングではトップ3を含む上位に日本で開催された展覧会が多くランクインしていました。

「行く」ことに注目したこの章では、展覧会巧者の読者に向けて、是非行ってもらいたい、海外の博物館で行われている展覧会について書きます。

海外の展覧会

当たり前の話ですが、海外の博物館でも展覧会は行われています。
海外旅行で現地の博物館を訪れる人は数あれど、常設展ではなく展覧会に行く人はあまりいないのではないでしょうか。

日本で話題になった「春画展」、これも最初はロンドン、大英博物館での展覧会でした。
今秋、パリのリュクサンブール宮でミュシャ展があるため、行くかどうかお財布と相談しています。
最近ですと、ニューヨーク、メトロポリタン美術館の「アルメニア美術展」が面白そうでしたね。

日本では行われないようなテーマの展覧会や、日本のとテーマが似ていても見せ方の異なる展覧会、または「日本」をテーマとした展覧会などなど…

日本美術×西洋美術

常設展で手一杯!となってしまう気持ちもわかりますが、そこで止まってしまうのは本当にもったいないことです。
展示構成には学芸員の意図が色濃く反映されます。
特に展覧会は展示替えの少ない常設展よりもそれがわかりやすいのです。

人々の考え・行動の背景には必ず社会のルール、流行、要求や個人的経験に基づく思考・思想があります。
人文系の学問はこれら社会や個人を様々な観点から読み明かしていくものです。
博物館における展示は、学芸員たちによる展示品とその背景の文脈の読み解き、そして読み解いた文脈を新たな文脈に再構成したものです。

海外の博物館ではたらく学芸員たちの考えとその背景を知る。
これはとても貴重な他者(社)理解の機会なのではないでしょうか?

この章の冒頭で日本における展覧会情勢を簡単に話しましたが、一方で日本では常設展の入場者数が少ないことが特徴です。
博物館(特に美術館)を展覧会会場と勘違いしている人がいるんじゃないかと半ば本気で思っています。(海外では常設展しか見ないのにね!)
展覧会を見た後はそのままの流れでぜひ常設展にも行ってみてください。
常設展はその博物館の学芸員さんの想いが込められた博物館の心臓部です。
予め何が見れるのか予測ができる展覧会とはまた別種の、新しい出会いがあるかもしれません。

新しい出会い

3.展覧会を眺める

この「眺める」という行為は昨今の展覧会とその周辺に対してであり、ブログ記事のタイトル「展覧会狂想曲」はここから来ています。

手のひらの上だいたい6インチの美術館

手のひらの上だいたい6インチのものってなーんだ。
答えは、そう、スマートフォンです。

最近多くの展覧会で行われている、写真撮影可能コーナーの設置。
SNSを使って来場者に発信してもらうことで来場者を増やす。
時代に合った良い考え方だと思います。

流行に乗った筆者の某スタグラム

一方で弊害もあります。
さまざまな理由で撮影ができない展示に対してご不満ご意見を持つ方の登場。
そしてなんといっても「展示品を見ない人」の増加です。

目の前にあるものに対して人はなぜ一枚レンズを隔てて見るのでしょうか。
しかも目の前の作品を一瞥したあとは液晶画面で確認し、すぐ次の作品に移ります。

液晶画面越しに見るなら博物館に来る必要はないのではないでしょうか?
このご時世検索すれば何でも出てきます。それで十分なのでは?
まぁ複製されたものからは確実にアウラ(オーラ)が削ぎ落とされていると思うので直接観たものよりは劣りますし。
映えさせるために加工されたものはもはや複製と言って良いのか疑問も残りますし。
やはり本物は直接見るべき、という思想が一般的なのでしょう。
「本物」を見に来て液晶画面越しに見ることは本末転倒甚だしいですが。


虚像に心を囚われた者
美術史を学ぶ学生にも、実見(実際の作品を見ること)を行わずに、ネットの画像だけで卒論を書く猛者もいるそうです。

画像データは脆く、簡単に消えます。(私は先日大学生活4年間で使ってきたUSBメモリースティックが壊れ、卒論データが丸々消えました)
何世紀と遺ったものをあえて一瞬で消える形で遺すことに諸行無常でも感じているのでしょうか。

コンテンツ悪魔

元来博物館や展覧会は内容=展示品で人を集めるべきだと思うのですが、それは理想です。
理想がなければ現実もありませんから、理想を掲げるのは大切な事です。
しかし、何事にもお金が必要であり、その為にはお金になることをしなければなりません(あぁ資本主義)
そこで集客の為に画家の名前のブランド力に頼ることが多かったのですが、ここ最近新しい潮流が生まれています。
それがオタク向けコンテンツとのコラボレーションです。

古今オタクというのは自分のテリトリーに惜しまず湯水のごとくお金を使う生き物であります。
バイエルン王国のルートヴィヒ2世しかり、ハインリヒ・シュリーマンしかり。
このオタクというのは巨大な市場であり、普段はそこまで欲しがらないものでもそこに推しの色が付くだけで争奪戦となり、一定以上の収益を生み出すのです。


ルートヴィヒ2世の趣味を詰め込んだノイシュバンシュタイン城
パッと見渡すだけで様々なコラボが見つかりますね。
・東京都美術館の「ゴッホとゴーギャン展」(関係性は重要なポイントです)
・国立新美術館の「生誕150年 横山大観展」(乙ゲーと関係性の隙の生じぬ二段構え)
・東京富士美術館の『徳島城博物館開館25周年記念 東京富士美術館名刀展「鐵華繚乱―ものゝふの美」』(刀剣は博物館を変えるとも言われています)

コラボレーション大いに結構。これで来場者は増えるし、裾野も広がるね。

実際某国擬人化マンガのブームで世界史に関心を持ち、言語に真面目に取り組む人は増えました。
虫の息だった刀剣は復活しました。(※個人の感想です)

しかし私は言いたい。
これでいいのか、博物館よ、と

どんなにオタクの来場者を増やしても
彼らが展示品のその空間におけるコンテクストを読むかは別です。
正直自分の推しに手一杯でしょう。(※個人の感想です)
彼らは本当に展示品を見に来ているのでしょうか?
展示品の奥にある、推しを見ているのではないでしょうか?


本題そっちのけで推しを見るオタク(左上の男性です)

博物館は展示品だけで人を集めることはできるはずです。
できていないのならそれは展示品の知名度とか宣伝力とかではなく、もっと根深い問題だと私は思うのです。

#つまり何が言いたいのか

皆さんは何のために展覧会に行くのでしょうか。

いえ、質問を変えましょう。

「展覧会に行くこと」が目的となってやしませんか?

とりあえず展覧会に来てしまった人たち

展覧会のメインは展示品であり、それをどう見せるかが学芸員の力の見せどころです。
しかし最近の展覧会は、如何に拡散してもらえるか、に力点が置かれている気がします。
少し言いすぎました。
インスタ映えやコラボレーションによって来た鑑賞者を、展示とその文脈の方へと引き込むことが上手くできていないように見えるのです。

写真を撮る鑑賞者は、撮影対象の展示品しか見ておらず、文脈を撮影によって切断しています。
コラボコンテンツによって来た鑑賞者は、そのコンテンツの枠組みから出ることなく、そのコンテンツの一部として楽しんでいます。

多くの人に来てもらうために始めた部分を主目的とした人が増え、展覧会が本当に伝えたいことが伝わっていない。
あるいは、展覧会の目的そのものが変化し、如何に人に来てもらえるかが目的と化してしまった。

そもそも展示品によって鑑賞者が来ることが少なくなってしまった。
あるいは展示品の価値を展覧会を作っている側が低く見積もってしまっている。

このような状態になぜなってしまったのでしょう。
それは広く一般において博物館や展示品に対する理解が不足していること、そして学芸員側による諦めにも似た気持ちが原因なのではないでしょうか。

きっとわからないだろう。これがあれば来るだろう。
このような気持ちでは、このようなことを思った人しか来ません。

せっかくのこのブーム。
上部だけの楽しみ、いっときの享楽に終わらせず、展覧会のその先へ、
鑑賞者兼宣伝者ではなく、鑑賞者兼研究者へ変える、つまり考える鑑賞者へとなるような展覧会、そして博物館が必要なのではないでしょうか。

それでは駒場祭でお会いしましょう。

#ブログ内の絵画

・クレイジーリッチな方々
 フアン・ルナ・イ・ノビシオ(Juan Lua y Novicio、1857-1899)、<バルコニーにて(El en Balcon)>(1880年頃)、所蔵不明、油彩・カンヴァス

・パラス・アテナ
 グスタフ・クリムト(Gustav Klimt、1862-1918)、<パラス・アテナ(Pallas Athena)>(1898)、ウィーン美術史美術館、油彩・カンヴァス

・憂鬱な筆者
 アルブレヒト・デューラー(Albrecht Dürer、1471-1528)、<メランコリアⅠ(Melencolia I)>(1514)、エングレーヴィング

・日本美術×西洋美術
 ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー(James Abbott McNeill Whistler、1834-1903)、<青と金のノクターン - オールド・バターシー・ブリッジ(Nocturne: Blue and Gold - Old Battersea Bridge)>(1872-75)、テート・ギャラリー、油彩・カンヴァス

・新しい出会い
 マリア・アンナ・アンゲリカ・カウフマン(Maria Anna Angelika/Angelica Katharina Kauffmann、1741-1807)、<ナクソスで眠っているアリアドネを見つけるバッカス
 (Bacchus Discovering the Sleeping Ariadne on Naxos)>(1764)、フォアアールベルク美術館、油彩・カンヴァス

・虚像に心を囚われたもの
 ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ(Michelangelo Merisi da Caravaggio、1571-1610)、<ナルキッソス(Narcissus)>(1599)、バルベリーニ宮国立古典美術館、油彩・カンヴァス

・推しを見る人
 メアリー・カサット(Mary Cassatt、1845-1926)、<オペラ座の黒衣の女(Woman in Black in the Opera)>(1879)、ボストン美術館、油彩・カンヴァス

・とりあえず展覧会に来てしまった人々
 フランソワ・オーギュスト・ヴィヤール(François-Auguste Biard、1799‐1882)、<サロンに4時で(Quatre Heures au Salon)>(1847)、ルーヴル美術館、油彩・カンヴァス

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「ジブン×ジンブン」企画ID:386
第69期駒場祭にて開催東京大学駒場キャンパス
(東京都目黒区 京王井の頭線・駒場東大前駅東口よりすぐ)
会場:1号館1階 112教室
日時:2018年11月23日(金)9:00-18:00/11月24日(土)9:00-18:00/11月25日(日)9:00-17:00
※25日(日)のみ終了時間が早まりますのでご注意ください。
入場料:無料(任意カンパ制)

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