| 研究室の僕の本棚です。2段までしか使えないとの決まりで、もう入りきらなくなってしまっています。 就職して個室の研究室がもらえる日を夢見ています |
どうも、長戸です!駒場祭の準備に大忙しで記事の投稿が大変遅れてしまいました!
今回は前回の研究紹介の後半を行っていきたいと思います!また、最後に、前回も少し述べましたが、僕が担当する「ジブンの高大接続」という展示企画について、少し詳しく紹介したいと思います。それでは早速参りましょう!
前回の記事はこちら
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① 基礎教育学コースに入るまでの経緯
② 金森修先生との出会い
③ エピステモロジーとは何かを、「医学・精神医学における正常と病理」の研究を実際に紹介して説明を試みる
④ 教育学をエピステモロジーの立場から考察したい
今回のパートは、③、④となっています。
エピステモロジーとは何かを、「医学・精神医学における正常と病理」の研究を実際に紹介して説明を試みる
この章題にはいささか面を食らった方もいらっしゃると思います。前回までは教育の話をしていましたが、なんと医学・精神医学の話をし始めるというのですから。丁寧に話を進めていかなければなりません。そして、それを通じてエピステモロジーを実践するとはどういうことなのかというイメージをみなさんにお伝えできればと思います。
さて、みなさん、唐突ではありますが、「病気」とはなんでしょうか?試しに、病名をいくつか羅列してみましょう。
肺結核症、インフルエンザ、日本脳炎、アルコール中毒、脳卒中、本態性高血圧症、胃癌、白血病、胃潰瘍、胆石症、糖尿病、座骨神経症、虫垂炎、肝硬変、気管支ぜんそく、湿疹、食物アレルギー、歯槽膿漏、バセドウ病、水俣病、イタイイタイ病、スモン病、心臓ノイローゼ、てんかん、精神分裂症
さて、このようにあげてみた病名を眺めてみると興味深いことに気づきます。いくつか指摘してみましょう。
まず、アルコール中毒とインフルエンザ、これらは、その病気の原因となるものが病名となっています。
胃潰瘍。これは病変がどこで生じているか、そしてどのような変質が起こっているかを示した病名です。
高血圧症。これは単に症状を病名としています。
人名や地名を病名としているものもあります。バセドウ病、水俣病です。
イタイイタイ病はどうでしょう。これは人々がつけた俗称をそのまま正式な病名としてものです。
指摘はここでとどめて、ここで少し考察してみましょう。以上のことから端的に分かること、それは病名のつけ方には決まった規則がないということです。つまり、医学の進展、臨床知見の拡大、社会的状況の変遷に応じて、「プレハブ仕立て」で応急措置的に建て増しを重ねてきたものが病名に他ならないのです。患者の症状を正確に診断し適切な治療を行うためなら、病名が多少便宜的なものになっても構わない。そのように患者と泥臭く向き合ってきた医学の長く重い歴史を、病名の一覧を眺めてみただけでも感じ取ることができます。
そして、ここからある一つの結論が導かれます。すなわち、病気と病名は同一のものではない。病名をたどるだけでは病気を理解することはできないのです。病名はあくまで、患者の現状の正確な認識に到達するための手段なのですから。
(参考:川喜田愛郎(1970)『病気とは何か』、筑摩書房、pp.170-171)
さて、もうすでにエピステモロジー的探求は始まっています。「病気」という概念はもちろん私たちが日常的に使うものです。しかし、それは何かと問われた時、簡単には答えられないことに気づくのです。日常的な例を考えてみましょう。
例えば不眠。これをある人は不眠症と捉えるかもしれないし、別の人は単に最近疲れているなと感じるだけかもしれない。今の例は、病気に対する主観的な見方の違いだけが問題になっているのではありません。前者は不眠症という客観的で医学的に診断される症状と自身の不眠を捉えているし、さらには病院に行って専門的な医師に治療を受けることも織り込まれています。後者は客観的症状としての不眠症を知らないだけかもしれないし、知っていても病院に行くほどではない、少し休んだらまた眠れるだろうと思っているのかもしれない。ここからだけでも、客観的な病気として医学的に定められている「症状(医学用語では疾病)」が病気なのだと言うことがいかにナイーブであるかに気づくでしょう。
「病気とはXである」というと単に主張することはどうやらあまり生産的ではないようです。そこで、エピステモロジーはこのように考えます。
「病気」という概念が歴史的にどのように考えられ、どのように形成されてきたのか?
前回の記事で、エピステモロジーは、科学(特に自然科学)の知、科学における様々な概念がどのように形成されてきたのかを内在的にたどる分野と説明しました。病気が医学の中でどのように捉えられてきたのかを考えること、それは私たちをどこに導くのでしょうか?早速考えていきましょう。
歴史的にみると病気には大きく3つのアプローチがありました。
① 生記録的病気観
② 存在論的病気観(疾病記述/疾病分類論)
③ 生理学的病気観
1つ目の「生記録的病気観」は古代ギリシアのヒッポクラテスの時代から続く根強い病気観です。その端的な主張は、「病人が経験する病気は一人一人みな異なる」というものです。したがって、病気を固定的な相で捉えずに、その経過、予後を丹念に追うことが彼らの最大の関心でした。一人一人の病気に真摯に向き合い、その人に最も適した治療法を見つけ出す、ということです。
しかし、生記録的病気観には以下のような批判が向けられることになります。そうはいっても、病気には一定の種があるのではないか?多くの人が経験しうる共通の病気があるのではないか?こうした批判を掲げた2つ目の「存在論的病気観」は、病気のカタログを作っていくことになります。
こうして積み上げられた病気の種の蓄積が、今の医学の財産となって現在も多くの人を救っていることは言うまでもありません。もちろん型通りに病名を下すだけのような医者は問題外ですが、「目の前にいる症例を病気の種に照らし、前にみてたしかめた症例と照合する手続きを断念しては、そこには科学も技術も成立せず、医療は低俗な「人生相談」に終わってしまうよりほかはない」(川喜田愛郎、前掲書、p.165)ことを忘れてはいけません。
こうして積み上げられた病気の種の蓄積が、今の医学の財産となって現在も多くの人を救っていることは言うまでもありません。もちろん型通りに病名を下すだけのような医者は問題外ですが、「目の前にいる症例を病気の種に照らし、前にみてたしかめた症例と照合する手続きを断念しては、そこには科学も技術も成立せず、医療は低俗な「人生相談」に終わってしまうよりほかはない」(川喜田愛郎、前掲書、p.165)ことを忘れてはいけません。
さて、この存在論的病気観は一見科学的ではありますが、同時に、原始的な側面も持っていることに注意を向けなければなりません。つまりこの病気観は「病魔説」とも極めて親和性が高いのです。原始社会では、外部からやってきた病魔が人に取り憑くことが病気とされていました。したがって、病気の治療は、病魔を追い払うことと同義であり、それは呪術によってしばしばなされました。つまり実際に病気がその人の体でどのようなプロセスで起きていて、それに対してどのような治療を行うのが適切か、という視点がこの存在論的病気観には、科学的か原始的かを問わず、希薄になりがちだったのです。
こうした視点に焦点をあてたのが、3つ目の「生理学的病気観」でした。この病気観を最も熱烈に提唱し、「存在論的病気観」を激しく攻撃したのが、ブルッセ(1772-1838)というフランスの医師でした。
この人物が主張したことを、前回記事にも登場した金森修先生の言葉でまとめると以下のようになります。「すべての疾病は、外的な刺激の結果、病人という具体的存在の中で生ずる、ある特定の器官の変調である」(金森修『科学的思考の考古学』人文書院、2004年 、p.193)。これを、オーギュスト・コントという人物は、「ブルッセの原理」と定式化しました。
ブルッセの主張は要するにこういうことです。つまり、病気の原因が確かに外からやってくるにしても、それによって何かの組織(例えば胃腸)が不調に陥るから病気になるのである。したがって病気は実体ではなく現象であると言って、病気のカタログを作っていた人たちを攻撃したのです。病気のカタログでは人を治療できないと批判したわけです。
かくして、ブルッセによって新たな医学的認識が獲得されます。以下の順序で医学は患者を診察・治療することになります。
(1)病んでいる器官はどれか?諸器官への影響は?
(2)ある器官がどのような経緯で病むに至ったか?その外的要因は?
(3)その器官が病むのを止めるための、「原因除去」
(cf. フーコー(1969)『臨床医学の誕生』、みすず書房、pp.257-258)
(このブルッセは、しかし、(3)の原因除去のところで、炎症を治すために、ヒルを患者の腹にのっけて血を吸わせるという<瀉血>を濫用したことで、後に迫害されてしまいます。)
このブルッセの原理の意義とはなんでしょうか。それは、この定式化によって、「病気」と、病気ではない「正常」とが、連続的に把握されることにあります。
具体例をあげましょう。医者が患者に病気を見出すとします。すると、医者はその病気を、「正常な機能から逸脱した状態」であると把握することになります。したがって、病気を治すことは、「不調に陥っている機能を正常に戻すこと」に他ならなくなります。つまり、「正常」と「病気」が、ここに至ってはじめて、明確な対義語として把握されることになったのです。
現代の私たちは、正常と病気という言葉を何気なく対概念として考えます。しかし、ブルッセ/コント以前では、両者の境界は非常に曖昧なものだったのです。例えば、当然ながら、病魔説にたてば、「病魔がいるか/ いないか」なので正常という概念が登場する余地はありません。すなわち、医学が、正常という概念を、病気と対立するものとして新たに創出したのです。
以降の医学は、人体の正常な状態は何かということを生理学的に探究していくことになり、目覚ましい進歩をとげることになります。ウイルスの発見、免疫系の研究進展等で、数々の難病の克服が実現しました。
ですが、この正常と病気の二項対立は果たして肯定的のみに捉えられるものなのでしょうか?その点を探るために、先ほど少し名前を出した、ブルッセの原理を定式化したオーギュスト・コントの議論をさらにとりあげましょう。
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| オーギュスト・コントの日本初のシンポジウムが来月の12月6日、9日に法政大学で行われます |
コントは、こうしたブルッセの原理が社会にも応用可能だと述べます。つまり、社会的擾乱が起きている、それは社会の法則から逸脱してしまっていることが原因である、したがって社会法則に回帰させることで秩序を回復させよう、というように、医療におけるのと全く同様にブルッセの原理を適用することができると主張するのです。ここに私たちは「社会病理」という概念の誕生を読み取ることができるでしょう。
しかし、社会の擾乱は、本当に社会病理なのでしょうか?社会の擾乱は、現行の正常とされる社会の欠陥を明らかにしている場合もあるのではないでしょうか?つまり、たとえば民衆の暴動は社会病理でしょうか?あるいは、正常とされる社会の状態の変革を求める声でもありえるのではないでしょうか?
ブルッセの原理を貫徹した場合、病気は常に正常に回帰されることになるため、正常とされるものの価値は保全され、強化されることになるでしょう。「異質性」もまた、しばしば病理として把握されてしまう恐れがあるでしょう。フーコーはこう述べます。「十九世紀にとっては、正常性というものが、完全に浮きぼりにされた形象となる。病気についての経験を解明するのに、その正常性から出発するからである」(フーコー、前掲書、p.59)。
補足:少し前まで、同性愛は病気とみなされていました(もちろん、現在もそうした考えが少なからずみられます)。自身同性愛者であったフーコーは、正常と病理の問題系に大きな関心を持っていたのです。
さて、その正常を規定するものはなんでしょうか?それは科学の知に他なりません。たとえば生理学は、肝臓の機能を明らかにして、その機能が滞りなく働いている状態のことを正常と呼ぶことになります。こうして正常は、科学的に正しいものとして権力を帯びることとなるのです。
前回の最後に紹介した、金森先生の言葉を再度引用しましょう。
(…)決定的な影響を受けていたのが、ミシェル・フーコーです。20~30代にかけてさんざん読みましたね。彼の問題設定が、今でも私の根っこに息づいています。中でも知識が必ず色々な形で権力につながるという考え方。権力を持つこと自体が悪いわけではありませんが、それが一般人の健康や安全を脅かす場合もあるわけで。そういう物を対象にした研究をしています。(https://www.bookscan.co.jp/interviewarticle/495/all#article_bottom)
まとめます。「病気」という概念が歴史的にどのように考えられ、どのように形成されてきたのか?というエピステモロジー的問いを立ててここまで議論を進めてきました。そして、ブルッセの原理を検討することで、知が権力を帯びるに至るプロセスを明らかにしました。権力と述べたのは、上で述べたように、「正常」は、<異常は正常に戻らなければならないとする規範>を課すからです。その権力は、前回紹介した「生権力」、つまり「人の生き方を方向付ける力」と密接に関係しているはずです。そしてその権力のために、ある人の人生が苦しめられてしまう場合(前回とりあげた「秋葉原連続通り魔事件」「オウム真理教事件」の加害者のように)、生権力はちゃんと批判されなければならないはずです。
人の生き方の方向づけを行うのは、上で検討してきたように、「知」なのでした。生権力が働くプロセスを明らかにするのは、知の多様な側面を検討するエピステモロジーが不可欠であると僕は考えています。
人の生き方の方向づけを行うのは、上で検討してきたように、「知」なのでした。生権力が働くプロセスを明らかにするのは、知の多様な側面を検討するエピステモロジーが不可欠であると僕は考えています。
教育学をエピステモロジーの立場から考察したい
③がとんでもなく長くなってしまいました。エピステモロジーというものがどういう研究をしているか(今回お見せしたのはそのごくごく一部です)、そして僕がなぜエピステモロジーに関心を持っているかをお伝えすることに成功していたら大変嬉しいです。
最後は、教育と、知を扱うエピステモロジーとの関係について、ごくあっさりと展望を述べたいと思います。
僕は知には二つの側面があると考えています。一方で、新たな知は、新しいものの見方(認識)を切り開きます。これを「知の生産」と呼びましょう。しかし他方で、知によって、一度ものの見方を限定されてしまうと、新しい知を獲得する経路は阻害されてしまいます。この後者が肥大し、もはや新しい知を獲得することが見込めなくなくなればなるほど、既存の知は抑圧的機能を増す事になるでしょう。したがって、提起されるべき問いは「新たな知はいかにして生産されるか?」ということになります。
ここに、僕が教育に関心を寄せるゆえんがあります。僕は「教育とは知を生産する技術である」と考えています。というのも、教育の中から「知の生産」を抜き去ってしまったら、それは教育と言えるでしょうか?
この知は、教科科目に限られるものではありません。ある子供が他の子供と喧嘩をしてしまった、先生の仲介のもと、相手がどうして自分に対してカッとなってしまったのかということを泣きながら話した。それを聞いた時、彼は何かを学んでいるのではないでしょうか?彼は新しい知識を手に入れたのではないでしょうか?
この知は、教科科目に限られるものではありません。ある子供が他の子供と喧嘩をしてしまった、先生の仲介のもと、相手がどうして自分に対してカッとなってしまったのかということを泣きながら話した。それを聞いた時、彼は何かを学んでいるのではないでしょうか?彼は新しい知識を手に入れたのではないでしょうか?
教育はもちろん、知の生産だけで尽くされるものではないでしょう。しかし、近年、知識偏重型教育はダメだということで、教育学は、知に対する関心をどんどん下げているように思われます。
僕は、エピステモロジーを通して、教育における知識の価値を再考することを目指そうと日々研究をおこなっています。教育によって新しく生産される知こそが、生権力を相対化するカギとなるはずです。
展示紹介「ジブンの高大接続」
ここまで読んでくれている皆さん!!ありがとうございます!!めちゃくちゃ文章が長くなってしまったし、内容も小難しくなってしまって……
ですが、やはり人文学の価値を主張するためには、実際の研究を紹介することによって以外では叶わないと思います。僕たちジブン×ジンブンは、人文学って大切だよね、必要だよねと、フワフワと言っているだけでは人文学の価値を守ることはできないと考えて、実際に人文学とはどういうものなのか、どんな研究をしているのかということを具体的に、リアルに発信するために、今回駒場祭の企画を打ち立てたのでした。
そうした問題意識のもとで立ち上げた展示の一つが、「ジブンの高大接続」です。文部科学省が推進する高大接続改革では、高大を接続する理念は「何を学ぶか」ではなく「どんな力を身につけるか」であるとされています。しかし、「何を学ぶか」ということを疎かにしてはならないと僕たちは考えています。
この「ジブンの高大接続」は、高大接続改革の概要と背景、問題点を明らかにします。そして、その改革が見落としている「何を学んできたか」という観点から、ジブン×ジンブンのメンバーに「ジブンの高大接続」がどうだったかを振り返ってもらいました。
彼らの経験談は、みなそれぞれ異なっています。高校時代の勉強が大学の研究にどうつながっているのか(あるいは、つながっていないのか)、あるいは現在から振り替えて高校時代の勉強にはどのような意味があったのか、そうしたことを各々が書いています。こうした一人一人の経験が、それぞれ固有の豊さを持っていることにみなさんはきっと気づくはずです。それを通じて、来場者の皆さん自身の「ジブンの高大接続」を考える機会にしていただきたいというのが、僕たちの心からの願いです。
あとさらに!各メンバーに、大学でどんな勉強をしているかを生き生きと伝えるために、授業やゼミのレジュメを用意してもらいました!是非お手にとってみてください!!
それでは、駒場祭でお会いしましょう!長戸がお送りしました!
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「ジブン×ジンブン」企画ID:386
第69期駒場祭にて開催東京大学駒場キャンパス(東京都目黒区 京王井の頭線・駒場東大前駅東口よりすぐ)
会場:1号館1階 112教室
日時:2018年11月23日(金)9:00-18:00/11月24日(土)9:00-18:00/11月25日(日)9:00-17:00
※25日(日)のみ終了時間が早まりますのでご注意ください。
入場料:無料(任意カンパ制)
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